アンスティチュ・フランセ東京_本棚
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3月の課題図書『悲しみのイレーヌ』はいかがでしたか?ピエール・ルメートル氏は、自作小説『天国でまた会おう(早川書房)』が仏で最も権威のある「ゴンク―ル賞」を受賞した(2013年)ことがきっかけで、2014年に来日しました。今回は、ピエール・ルメートル氏が来日講演した際に、担当者として実際にお会いしたことのある、アンスティチュ・フランセ東京のメディアテーク主任 野村昌代さんにお話をうかがいました。

謙虚な人~P・ルメートル氏

P・ルメートル氏の講演の際に受けた印象は、一言で言えば「とても謙虚な人」だということです。自慢話などはありませんでした。ただゴンクール賞が如何に素晴らしい賞なのかについては話していましたね(笑)。
謙虚であるというのも、彼はいわばサラブレッドではなく、普通の家庭環境で育ち、自分の興味で心理学や特に文学を好み学んだということでしょう。仕事は、既に職業についている人達向けに生涯教育を主に文学について研修形式で施すような講師をなさっていたそうです。
一方で、50代半ばで推理小説作家としてデビュ-、賞ももらったし、先に名が売れてしまったけれど「自分はこれしかできないという訳ではないんだ」といった自負もあったのかもしれません。『天国でまた会おう』は第一次世界大戦とその直後のことが描かれています。それも、執筆された当時のフランスはちょうど第一次世界大戦から100周年記念ということもあって、他の多くの有名な作家も大戦について執筆していた中での受賞となりました。だから、推理小説を過小評価はしていないけれど、どこかでやっぱり「自分は本当は純文学なんだ」ということを知って欲しかったのではないでしょうか。

『悲しみのイレーヌ』の特徴

『天国でまた会おう』でも顔に大怪我を負っているという描写が少々グロテスクなので、『悲しみのイレーヌ』程ではないにしろ、グロテスクな表現はP・ルメートル氏らしいと言えばそうなのかもしれません。
また、色々な世界的著名な作家、哲学者のそれ程有名でもないセリフをそこかしこに散りばめている点では、相当のマニアとも言えるし、うっかりするとペダンチック(衒学[げんがく]的)とも捉えられそうです。とにかくとても文学が好きな人ですし、本人も「作品を書くのは文学に捧げる称賛の印である」とおっしゃっています。
他にも、本人へのインタビューで、『三銃士』に代表される大活劇を書いた「アレクサンドル・ドュマ・ペール」を尊敬していると語っています。その影響なのか、P・ルメートル氏の作品でも、語りや展開の中で思わず出てしまったという感じで「ですから皆さん!!」といったような如何にも活動弁士が語っているようなシーンがあります。それぐらい語り口に力がこもっています。駅で買えるようないわゆる三文小説ではなく、たとえ早く読めても楽しく読めても決して自分の作品が薄い内容のものではない、という自負があるのではないでしょうか。もっと分かり易く言えば「極上のエンターテインメント」を目指しているのだと思います。
登場人物が、肉体的にも精神的にも極限状態にあるのも特徴ですが、これはP・ルメートル氏に限った話ではありません。

ノワール、ポラーとは

フランスの推理小説は、犯罪小説で、アラン・ドロンの映画にあったような、暗黒街が舞台であるロマン・ノワール(黒い小説という意味で本自体も黒色のカバーで装飾されている)を含め、現在ではポラー(サスペンス、推理、犯罪、ホラー、SF小説等全部を指す)という大分類に入り、フランスでは元々非常に人気がある分野です。
通常犯罪小説は謎解きから始まるのが定番ですが、フランスでは謎にだけ拘るのではなくて、暗黒社会にせよ、別のテーマにせよ、特に雰囲気(恐怖や苦悩など心理描写)で訴えるスタイルがフランス的と言われていると思います。

アンスティチュ・フランセ東京のメディアテーク(図書室)奥にあるポラーコーナー

この作品も「新しい謎」が展開されていきます。昔は最初に謎があって、次にそれを解く長い旅があり、最後に謎解きがありました。今は謎解きは中心ではなく経過にあるもので、つまり心理分析など本当に心理描写に長けたサスペンス色の強いミステリーという言い方が一番適しているのではないでしょうか。そこで重要なのは、確か新聞のインタビューでカズオ・イシグロ氏が「人間関係に魅力がないと面白くない」とおっしゃっていた点です。『悲しみのイレーヌ』でもカミーユのグループには色んな人がいて、非常に細かく描かれており、人間や人間関係の魅力につながっています。そんな気持ちが傾けられるような、主人公が健気なんだなあと思えるような雰囲気が良く出ているところが、結局女性のハートを掴んだのだろうし、グロテスクなシーンだけではここまで人気は出ないと思います。
それ以外にも、「こんなことが出来るって、どんな人間なんだろう?」と人間の中にある悪の根源というものを追求しています。

人間に潜む悪とグロテスクな殺害現場のシーン

1990年代から2000年代にかけてフランスではサイコパス関連の映画が沢山出てきました。
人間ってどうしてそんなに悪くなれるのか?人間の悪って一体どこまであって、どうして悪というものがあるのか?という点にフランスでは非常に興味がもたれています。そのために、グロテスクな殺害シーンが描かれるという事はよくあります。
それから、10年以上前からフランスでも大人気のアメリカのTVドラマシリーズ「CIS~犯罪科学捜査班~」によく似ているな、とも思いました。作品にあるような描写がもろに目で見られます。ひょっとしたら、この作品が出て来る前にフランス人は見慣れていたのかもしれません。本は2006年で、シリーズがフランスに入り始めたのは2000年ぐらいからですから。同様に、日本で、しかも女性に受けたのは、ひょっとしてTV放映済みで、当時の読者はこうしたグロさに慣れていたのかもしれませんね。

何とも後味が悪い終わり方はかなりフランス的

戦後、フランス映画はアンハッピーエンドの代名詞のように、‟フランス映画じゃないんだから”と言われることがありました。フランス人の性(さが)なのかな。フランス人のアーティスト系の方からすれば、最後はそうなるしかなかったんだと思っているのではないでしょうか。

本屋になりたい!フランス人

フランス的と言えば、クリスマスプレゼントで文学賞をとった作品を贈ることは良く行われていて、フランスの習慣でもあります。古本であっても良い本ならプレゼントする文化があって、本に対する感情的なつながりは日本とは違います。フランスでは、質問をして詳しいことを教えてくれるのは本屋さんと薬局と言われており、職業として本屋さんは未だに人気の職業です。全ての本屋さんというわけではありませんが、店員に漠然とお薦めの本を尋ねても色々と教えてくれます。フランスの本屋さん(薬局も)はそんな存在です。

アンスティチュ・フランセ東京内にある書店『欧明社リヴ・ゴーシュ店』でも親切な店員さんに出会えるかも!?

小説に出てきた地名は全て実在していて、治安の悪い場所がそうあるべき時に出てきていました。
因みに、P.108に出て来るレストラン「シェ・ミシェル」と「ラシエット」は2件とも実在している有名なお店だそうです。「シェ・ミシェル」は高名なシェフの伝統的な料理のレストランで、「ラシエット」もビストロスタイルでちょっとレトロな雰囲気のお店です。

https://restaurant.his-j.com/jp/jp/detail/PAR0178.htm
http://www.chez-michel.fr/

読書ログの皆さん!フランスへ旅行した際にはレストランに立ち寄って、美味しい料理にサスペンスの味を加えてみては如何でしょうか !?

野村さんお薦めの仏ポラー

『異形の花嫁』

 『コウノトリの道』

ブリジット・オベール(藤本優子訳)ハヤカワ・ミステリ文庫

ジャン=クリストフ グランジェ(平岡敦訳)創元推理文庫

『眠りなき狙撃者』

『黄色い部屋の謎』

ジャン=パトリック・マンシェット(中条省平訳)河出文庫

電子書籍ストアBookLive!で試し読み

ガストン・ルルー(宮崎嶺雄)創元推理文庫

電子書籍ストアBookLive!で購入

『技師は数字を愛しすぎた』

『氷結』

ピエール・ボワロ&トマ・ナルスジャック(大久保和郎)創元推理文庫

電子書籍ストアBookLive!で試し読み

ベルナール・ミニエ(土居佳代子訳)ハーパーBOOKS

電子書籍ストアBookLive!で試し読み

『ウサギ料理は殺しの味』

『ブラン・マントー通りの謎』

ピエール・シニアック(藤田宜永訳)創元推理文庫

ジャン フランソワ パロ(吉田恒雄訳)ランダムハウス講談社文庫

『死者の部屋』

『死者を起こせ』

フランク ティリエ(平岡 敦訳)新潮文庫

フレッド・ヴァルガス(藤田真理子訳)創元推理文庫

その他、Laurent Guillaume作『MAKO』など。


取材協力・画像提供:アンスティチュ・フランセ東京様

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