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土屋さんの「理解」をたっぷり披露して頂きましたが、いかがでしたでしょうか。最後に、翻訳にこれから関わる方へのメッセージなども頂きました。

翻訳とAIについて

たまに下訳(※1)をお願いすることがありますが、いつも、せっかくやって下さったものを根こそぎ――それこそ1文字残らず――書き替えてしまうので、とても申し訳なく感じています。ですが、原作の理解に関わることなので妥協はできません。

では、なぜ下訳を頼んだりするのか、ということになりますが、何もないところから書きはじめる――いわば、無から有を生み出す――のは、たいへんなエネルギーを要します。それに比べれば、すでに何か書いてあるものを徹底的に直していったほうが、時間はかかっても気分的に楽、ということかもしれません。

昨年末、グーグル翻訳が文字どおり「一夜にして」劇的に進歩したという噂を聞きました。先日、アルクという英語教育の会社から講演を頼まれまして、いい機会だからと思い、そのグーグル翻訳を実際に使ってあれこれ翻訳を試してみました。昨年末以前の性能がどうだったかはよく知りませんが、たしかに――入力する文章次第ではありますが――結構読める訳が出てきたりします。全面的な信頼を置けると言うにはまだまだですが、下訳としてならそろそろ使えるかも、とは思いました。

グーグル翻訳の劇的進歩は、ニューラルネットワークに移行したことによるようです。最近よく耳にする「深層学習をするAI」というあれです。囲碁や将棋で人間に勝ったAIとして一気に有名になりました。しかし、囲碁や将棋で人間に勝てても、翻訳までできるようになるものか……? 私は言葉を扱う翻訳のほうが格段に難しいと思っています。囲碁や将棋は有限の盤面を使い、駒の数もルールもきっちり決まっています。つまり、何億通り、何京通りの打つ手があるとしても、所詮は有限ではないかと思います。一方、翻訳で扱う言葉は、単語の数も膨大なら、その組合せ方も膨大、おまけに新語はぞくぞく生まれてくるし、文法さえ不変ではないとあって、意味はほぼ無限に存在すると言えるのではないかと思います。AI翻訳が人に取って代わるのはそうそう簡単ではないでしょう。シンギュラリティ(※2)の日がきて、AIが人間の能力を超えることになったらわかりませんが、それまでは難しいと思います。

※1下訳:翻訳する際に原稿の草案としての大まかな訳をつけること
※2シンギュラリティ:AI発明が急激な技術の成長を引き起こし、人間文明に計り知れない変化をもたらすという仮説

—AIに土屋さんの翻訳を色々学ばせたら、どこまで土屋さんらしさが出るのでしょうね?

生まれ落ちてからの私の体験をそのままなぞれれば――あそこで頭をぶつけて痛かったとか、なでられて嬉しかったとか、講談に夢中になるとか、そういうことを逐一コンピュータが体験できれば――そっくりになるのかもしれませんね。でも、どうやってやるか。

人間の感情や心には、そういう体験の積み重ねが土台としてあると思います。コンピュータにもそれなりの体験があるでしょうが、「人間の体験」をどこまで体験できるのか……難しい気がしますね。

土屋さんおススメのイシグロ作品を教えて下さい。

最初の2冊『遠い山なみの光』『浮世の画家』は日本人や日本が舞台です。イシグロ氏としては5歳まで住んでいた日本をテーマにすることで、自分のルーツを再確認したのだと思います。次は『日の名残り』で、イギリス小説の典型のような小説ですね。5歳以降ずっと住んできた、もう一つのルーツであるイギリスについて、自分の中のイギリス人性の確認がそれですんだのだと思います。それで、解放された思いがしたのでしょうね。これで何でもできる、と。

そして登場したのが、4作目の『充たされざる者』です。高名なピアニストが、演奏会を開くためにどこともわからない故郷の町に帰るが……という話です。従来とはがらり一変の大長編で、最初は酷評されていましたが、いまは見直されて、ずいぶん評価が高まっています。おススメです。

翻訳を目指されている方へメッセージをお願いします。

日本語と英語とどちらが大切か、とよくアンケートなどで尋ねられます。日本語だと答える方が多いように思いますが、私は断然原文(英語)だと思います。

原文が理解できていて、それを誠実に日本語に直す気持ちがあれば、訳は何とか見つかっていくものだろうと思います。原文が大事、英語が読めるようになることが大切です。

あとは、技術翻訳をずっとやってきた者としての考えです。私がこれまでに出会った翻訳を志す方のなかに、「技術翻訳をやっていると文章が荒れるからやめたほうがいい」と言われ、実際にそう考えている方が見受けられます。ですが、原文を理解して日本語に訳すというのは、文芸でも技術分野でも同じです。どちらもどんどんやってほしいと思います。上達には量をこなすことも大切です。量が質に転ずることはたしかにあって、量をこなしていれば何となく上手くなっていきますし、技術翻訳のほうが仕事の口が多くて、生活が成り立ちやすいですね。技術翻訳なら、生活もでき、翻訳の訓練にもなる。一石二鳥です。

 

土屋さん、素敵なお話の数々ありがとうございました!


取材日2017年11月16日(木)土屋政雄様、(株)早川書房 永野渓子様

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